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Channel: いげ太の日記
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目玉焼きの議論

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NOTE: この記事は、当初、ココログの「いげ太のブログ」で公開していたものです。

それなりに昔の、他愛のないありふれたストーリーだ。正確にいつだったかなんて忘れてしまった。中学か、高校時分の話である。そのとき教室にあった顔から思い出そうとしても思い出せず、ともかくも、そういう出来事があったということだけが記憶にある。今日はその出来事を、すこしの脚色をもって話そう。

それは、いつものように休み時間をぼんやりと過ごしていたときのことだった。バタバタと足音を立て、特に親しいでもない女子が3人、僕の席に現れた。僕の視界と、緩やかに流れていた時間はさえぎられてしまった。彼女らは、高揚した様子で、点になった僕の目に真剣な眼差しをぶつけてきて、矢継ぎ早にこう問いかけた。

「なあ、目玉焼きってなにかけて食べる?」

沈黙、と呼ぶにはわずかな間をもって、僕は素直にこう答えた。「いや、なんもかけへんけど。そのまま食べる」。驚きと落胆が入り混じったような顔をして、彼女たちは「えー、なにそれー。つまらーん」といって、そして、そう言い終える前にくるり背を向け去っていった。彼女らは、同じ質問のために、次のターゲットを探しているようだった。わけがわからない。僕はといえばまだキョトンとしていて、しかし、気になって教室を見回してみて、そうしてようやくと状況が飲み込めた。

いまや、このクラスは議論と投票のただ中にあったのだ。そして目下、醤油派の東軍とソース(ウスターソース)派の西軍は伯仲し一触即発の状態にあり、両軍とも、自軍に引き入れるためのいわば票集めに奔走している、という戦況である。そう、そしてそんな中、僕は事実上の白票である「なし派」にその一票を投じてしまったのだ。これはつまり、期せずして、どちらの軍にも付かぬという意識表明を行ったということに他ならず、いうなれば、クラスのメインストリームとの断絶だ。

しかして僕は傍観者となった。中立軍といえば聞こえがいいが、これは円グラフでいうところの「その他」にあたる。しかも、もっとも小さいパイである「その他」だ。それは、ノイズと呼ばれるヘタであり、たいていの場合、実のない部分として切り落とされる運命にある。

でも、まあいいか。緩く、時が戻りくるのを、僕は顎肘をついて待っていた。

醤油をかけるか、ソースをかけるか、それが問題だ。ぼんやりとした意識の中に流れ込んでくるコンテキスト。教室はその議論に支配されていた。そうして、それはゆっくりと海岸線を形成していった。塩派や、マヨネーズ派や、なし派を除いた生徒たちの手によって。

塩派の急先鋒が上陸作戦を試みたりもしたが、彼らの主張は主流派の大きな声にあっけなくかき消された。残りの連中はといえば、好むと好まざるとにかかわらず、無意識的にそれを眺めていた。大海に頼りなく浮かぶボートから望む陸地は、どうあれ羨望の対象となりえる。たとえもしそれが不毛の地であったとしても、ボートの上からそれを知る術はない。

僕は、半分の意識をその騒動にやりながら、もう半分の意識で考えていた。奴らときたら、目玉焼きに真っ赤なジャムを塗って、皿ごと食べようとしてるんだ。

正しさを主張している人、暇つぶしがてらに興じる人、そして、主流派に身を置いていたい人。たくさんの人、たくさんの主流派の人が、発言をしたりしなかったりしていた。彼らにとって、それは重要な論争だったのだろう。しかしながら、いつの間に抜け落ちてしまったのか、それともそんなもの元からなかったのか、もはや答えを導き出すことやその過程で生み出される見地などに意味はなく、議論というコミュニティ自体に価値が存在していた。

僕はなにも言わなかった。僕はなにも言う気にはなれなかった。そんなのはどっちだっていい。ただ、言っておきたいのは、ボートで海に揺られてみるってのもそんなに悪くはないってことで、つまり、そう、どうあれ目玉焼きはうまいんだ。みんな目玉焼きが大好きなんだ。


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